Share

第32話 写真の日付

Author: 天咲琴乃
last update publish date: 2026-08-27 20:44:51

――三人とも、未来から来た。

いのりは床に落ちた写真を見つめていた。

拾うことができない。

写真の中には、

葉月。

西園寺理人。

そして――自分。

「ありえない……」

ようやく声が出た。

「私、生まれてないよ」

昭和四十七年。

一九七二年。

自分が生まれるより、

ずっと前。

りひとが写真を拾った。

「裏を見せて」

「さっき見たでしょ」

「文字じゃない」

りひとは写真の端を指さした。

「ここ」

小さな数字が印刷されている。

――72.7.20

「七月二十日……?」

いのりは息を呑んだ。

葉月が湖へ消えたのは、

七月二十三日。

三日前。

「待って」

りひとの表情が変わる。

「事件より前じゃないか」

「……うん」

つまり。

葉月は湖へ行く前から、

いのりと会っていた?

「でも私、会ってない」

「覚えてないだけかもしれない」

「そんな……」

いのりは写真を見る。

写っている自分は、

今と同じ姿だった。

制服でもない。

子どもでもない。

この村へ来た時と、

まったく同じ服装。

「この服……」

いのりは自分の袖を見る。

同じ。

りひとも気づいた。

「今日のお前だ」

背筋が冷える。

五十四年前に撮
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第35話 二人のりひと

    午前二時十三分。『絶対に開けろ!』扉の向こうで、りひとが叫んでいる。「絶対に開けるな」いのりの隣でも、りひとが言った。同じ声。同じ話し方。いのりは動けなかった。「……どっちが本物なの?」隣のりひとの表情が歪む。「俺だ」『違う!』扉の向こうから声がする。『そいつを信じるな!』「だったら証明して!」いのりが叫んだ。静寂。「私しか知らないこと」いのりは隣のりひとを見る。「言って」りひとは考えた。「温泉」「……え?」「未来に帰ったら二人で行くって約束した」いのりの胸がざわつく。二人しか知らない。だが。扉の向こうから、すぐに声がした。『それじゃ証明にならない』「なんで?」『俺も知ってるから』「……」『いのり』声が少し優しくなる。『お前、車で寝る時だけ左向く』いのりは息を呑んだ。『コーヒーは苦いの苦手なくせに、眠い時だけブラック飲もうとして、結局砂糖入れる』「待って……」『それから』一拍。『この旅行の朝、駅で俺に言った』いのりの顔色が変わる。『帰ったら、また普通の日常に戻るの嫌だなって』知っている。こちらも。間違いなく、りひとの記憶を持っている。「なんで……」隣のりひとが扉へ近づいた。「お前は誰だ」『お前こそ誰だよ』「俺は西園寺りひとだ」『俺もだ』「開けたら何が起きる」沈黙。『そいつが消える』いのりは隣を見る。「……俺が?」『そうだ』隣のりひとは笑った。乾いた笑いだった。「都合がいいな」『俺だって信じられない』「だったら説明しろ」扉の向こうで、息を吸う音。『俺は』少し間を置いて、声が続いた。『二回目の西園寺りひとだ』いのりの身体が固まった。「二回目……?」『一回目で、いのりが消えた』カセットで聞いた。葉月を救ったことで、いのりが存在しない未来になった。『俺は、いのりを取り戻すために戻った』「それが二回目……」『そう』「じゃあ」いのりは隣を見る。「こっちのりひとは?」隣のりひとが首を振る。「俺は2026年からお前と一緒に来た」『それが三回目だ』沈黙。「つまり……」いのりは扉を見る。「二回目のりひとが、まだここに残ってる?」『そうだ』「五十四年間?」『違う』即答だった。『俺にとっては、ま

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第34話 三回目の私へ

    ――これは三回目。赤い文字を見たまま、いのりは動けなかった。「三回目って……」一度目でも、二度目でもない。自分たちは、すでに二度ここへ来ている?「再生しよう」りひとが言った。「でも、カセットなんてどうやって」「ここにある」りひとが三〇二号室の奥を指した。古い棚。埃をかぶったラジカセが置かれている。まるで、このテープを再生するために、ずっと待っていたように。いのりはカセットを入れた。カチャン。再生ボタンを押す。ザザ……。ノイズ。そして。『――聞こえる?』いのりは息を呑んだ。自分の声だった。間違いない。『これを聞いている私へ』りひとが、いのりを見る。『たぶん今、あなたは三〇二号室にいる』「……当たってる」『隣には、りひとがいる』二人は顔を見合わせた。『そして二人とも、これが初めてじゃないことに気づき始めてる』ザザッ。ノイズが入る。『最初に言っておくね』声が低くなる。『四回目はない』いのりの表情が消えた。「……ない?」録音は続く。『今回失敗したら、もうやり直せない』「なんで?」当然、録音は答えない。『だから今度こそ、最後まで聞いて』いのりはラジカセの前へ座った。『一回目の私たちは、葉月さんを助けようとした』雑音。『七月二十三日。湖へ行って、葉月さんが落ちる前に止めた』いのりの目が見開く。「助けられたんだ……」『そう』まるで、今のいのりへ答えたようだった。『助けられた』一瞬、希望が見えた。しかし。『その結果、未来から水瀬いのりが消えた』いのりの呼吸が止まる。りひとが、いのりの手を握った。『私が消えたことで、りひとは一人で未来へ戻った』ザザ……。『でも未来は、私たちが知っていた未来じゃなかった』「どうなったの?」『巌さんは葉月さんと一緒になった』それなら。幸せじゃないの?そう思った。『だから――』録音の声が震えた。『巌さんは、私のおばあちゃんと出会わなかった』いのりは目を閉じた。やはり。葉月を救えば、自分へ続く家系が変わる。『私の母も生まれない』『当然、私も生まれない』静かな声だった。『だから一回目のりひとは、もう一度ここへ戻った』「りひとが?」『私を取り戻すために』いのりは、

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第33話 忘れた約束

    左手に、傷がある。いのりは何度も指でなぞった。細い傷。手首から親指の付け根へ向かって、三センチほど。「こんなの……なかった」少なくとも、この村へ来るまでは。そう思う。けれど。本当に?「いのり」りひとが声をかける。「大丈夫?」「分かんない」いのりは写真を見る。昭和四十七年七月二十日。葉月と自分。二人とも、銀色の鈴を持っている。写真の中の自分にも、同じ傷。「私、ここに来たことあるのかな」りひとは答えない。「でも覚えてない」「記憶を消されたとか?」「誰に?」「……分からない」分からないことばかりだった。写真。宿直記録。三〇二号室。五十四年前の西園寺理人。そして、自分。いのりは写真を裏返した。――もし私のことを忘れてしまっても、――この鈴が、――もう一度ここへ連れてきてくれる。「もう一度……」その言葉だけが引っかかる。葉月は、いのりが忘れることを知っていた。「りひと」「ん?」「私たちがこのペンションに来た理由、覚えてる?」「旅行だろ」「どうしてここを選んだの?」「それは……」りひとの言葉が止まった。二人とも黙る。予約したのは誰?このペンションを、どこで知った?「俺が見つけた……と思う」「どこで?」「旅行サイト」「どのサイト?」「……」答えられない。いのりはスマートフォンを取り出した。圏外。それでも、保存されているメールは確認できる。「予約メール」受信箱を検索する。ペンション。調。shirabe。検索結果。ゼロ。「ない」「削除したんじゃないか?」「ゴミ箱も見る」ない。りひとも自分のスマートフォンを確認する。「俺もない」「じゃあどうやって予約したの?」沈黙。二人とも、覚えていない。「待って」いのりは自分のバッグを探った。財布。化粧ポーチ。充電器。ハンカチ。そして。底から、見覚えのない封筒が出てきた。「何これ」古い封筒。表には、自分の名前。――水瀬いのり様。「誰から?」差出人はない。封を開ける。中には、一枚の紙。印刷された文章。――七月二十二日。――ペンション調。――一泊二日。宿泊案内だった。「これで来た……?」りひとが紙を受け取る。「でも、おかしい」「何が?」

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第32話 写真の日付

    ――三人とも、未来から来た。いのりは床に落ちた写真を見つめていた。拾うことができない。写真の中には、葉月。西園寺理人。そして――自分。「ありえない……」ようやく声が出た。「私、生まれてないよ」昭和四十七年。一九七二年。自分が生まれるより、ずっと前。りひとが写真を拾った。「裏を見せて」「さっき見たでしょ」「文字じゃない」りひとは写真の端を指さした。「ここ」小さな数字が印刷されている。――72.7.20「七月二十日……?」いのりは息を呑んだ。葉月が湖へ消えたのは、七月二十三日。三日前。「待って」りひとの表情が変わる。「事件より前じゃないか」「……うん」つまり。葉月は湖へ行く前から、いのりと会っていた?「でも私、会ってない」「覚えてないだけかもしれない」「そんな……」いのりは写真を見る。写っている自分は、今と同じ姿だった。制服でもない。子どもでもない。この村へ来た時と、まったく同じ服装。「この服……」いのりは自分の袖を見る。同じ。りひとも気づいた。「今日のお前だ」背筋が冷える。五十四年前に撮られた写真。そこに、今日の自分がいる。「じゃあ私……」いのりは呟く。「これから七月二十日に行くの?」「今日は?」「七月二十三日」三日前へ戻る?それとも。すでに戻った?頭がおかしくなりそうだった。その時。りひとが写真を光へかざした。「待て」「何?」「この写真、おかしい」「どこが?」「影」写真には三人が並んでいる。葉月。理人。いのり。湖畔の日差し。葉月の影は、右へ伸びている。理人も同じ。でも。いのりだけ。影がない。「……私だけ?」「うん」いのりの顔から血の気が引いた。「幽霊ってこと?」「決めつけるな」りひとは写真を裏返す。「写真そのものが偽物かもしれない」「でも五十四年前の部屋にあった」「だから本物とは限らない」その言葉に、オーナーが反応した。「正しい判断です」二人は振り返る。「写真は記録です」オーナーは言った。「ですが」銀色の鈴を見る。「記録と真実は、同じものではありません」「どういう意味?」「人は、残したいものを記録します」写真。日記。宿帳。手紙。「そして」オーナーは続ける。

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第31話 西園寺りひとは誰なのか

    「あなた、本当に」いのりは、りひとを見つめた。「2026年から来た人なの?」地下室が静まり返った。りひとは何も言わない。「……何か言ってよ」「俺だって分からない」「分からないって?」「自分が誰なのかなんて、考えたことなかった」りひとはポケットからスマートフォンを取り出した。画面は点かない。この村へ来てから、ずっと圏外だった。「俺は西園寺りひと」自分に言い聞かせるように呟く。「二十三歳」財布を開く。運転免許証。健康保険証。会社の社員証。どれにも、同じ顔。同じ名前。――西園寺りひと。「ほら」いのりは言った。「ちゃんとあるじゃん」「ああ」「だったら――」「でも」りひとが遮った。「俺、子どもの頃のことをほとんど覚えてない」「え?」「小学校くらいからは覚えてる」友達。学校。家族旅行。怒られたこと。初めて自転車に乗ったこと。記憶はある。「でも、それより前がない」「小さい頃なら普通じゃない?」「そう思ってた」りひとは額を押さえた。「でもさっき地下室を見た時」目を閉じる。「懐かしいって思った」いのりは黙った。「初めて来た場所なのに?」「ああ」りひとは一番奥の扉を見る。「この匂いも」湿った石。古い木材。白い花。「知ってる」「どうして……」「分からない」チリン。銀色の鈴が鳴った。二人は同時に鈴を見る。「また……」いのりが呟く。その瞬間。地下室の壁に、白い光が走った。映像が浮かぶ。湖。夜。昭和四十七年七月二十三日。葉月が立っている。その向かいに、すみえ。そして――もう一人。男。「三人目……!」いのりが叫ぶ。顔が見えない。男は背を向けている。背格好は、りひととよく似ていた。「俺……?」「待って」いのりは目を凝らす。男の服装がおかしい。葉月とすみえは、昭和の服装。なのに男だけ、現代的なシャツとパンツを着ている。「この人も……未来から?」男が振り返ろうとする。チリン。鈴が鳴った。光が揺れる。「顔!」あと少し。男の横顔が見える。りひとに――似ている。けれど。完全には見えない。映像が途切れた。暗闇。「今の人……」いのりが、りひとを見る。「俺じゃない」りひとは即答した。「なんで分かるの

  • ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー   第30話 嘘をつく記録

    ――三田村葉月との約束により、――一生涯、知らなかったふりをする。「おじいちゃんは……知ってた?」いのりは宿直記録を見つめた。五十四年間。葉月が生きていたことを知りながら、知らないふりをしていた。そんなことができるのだろうか。「待って」りひとが言った。「何?」「これ、本当なのか?」「え?」りひとは宿直記録を拾い上げる。「さっきまで、この文章はなかった」いのりは息を止めた。確かにそうだ。宿直記録には、あとから文字が浮かび上がった。しかも、まだ起きていない未来まで書かれていた。――西園寺りひと、地下室へ入室。けれど実際には。りひとは今、いのりの隣に立っている。「じゃあ……」いのりは扉を見る。「中に入ったりひとは誰だったの?」「分からない」「記録が間違ってるってこと?」「それも分からない」りひとはページをめくった。「ただ、これを全部事実だと思うのは危ない」その時。チリン。銀色の鈴が鳴った。二人は同時に振り返った。地下室の一番奥。扉が、ゆっくり開いていく。その向こうから白い光が漏れる。「また……」いのりが呟いた。光の中に、人影が現れた。若い巌。そして葉月。二人は向かい合っている。「おじいちゃん……」これは過去?葉月が俯いている。『私のことは忘れてください』『嫌だ』巌は即答した。『できるわけないだろ』『お願いします』『理由を言え』葉月は答えない。『俺が嫌いになったのか』葉月が首を振る。『じゃあ、なんでだ』『……幸せになってほしいから』巌の顔が歪んだ。『俺の幸せを、お前が勝手に決めるな』いのりの胸が締めつけられた。どこかで聞いた言葉。自分も同じことを思った。好きなら話せばいい。二人で決めればいい。どうして一人で決めてしまうのか。葉月は泣いていた。それでも、巌へ笑いかけた。『あなたなら、きっといい人に出会えます』『そんな話をしてるんじゃない』『家庭を持って』『葉月』『子どもができて』『やめろ』『おじいちゃんになって』葉月の声が震える。『長生きしてください』巌は何も言えなくなった。葉月は最後に、小さく頭を下げた。『さようなら』チリン。鈴が鳴った。光景が消えた。暗い地下室へ戻る。いのりは涙を拭った。「今

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status